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人的資本経営を実装するためのグランドデザイン診断フレームワーク「人事バリューチェーン」による価値連鎖の再構築

第3章

最終更新日:2026年6月26日

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人事バリューチェーン:分断されたプロセスを繋ぐ「価値の連鎖」

第2章では、経営戦略から逆算して人事のグランドデザインを描き、事業ライフステージごとに見るべき人的資本KPIと、それを支えるインプット情報の設計を整理しました。では、その設計を実際の業務プロセスの上でどのように診断し、分断された機能をつなぎ直していけばよいのでしょうか。人的資本経営を組織の末端まで浸透させるためには、断片的な人事施策を「一連の価値創出のプロセス」として統合的に捉え直す必要があります。当社では、採用、配置、評価、報酬、育成、福利厚生、労務、そして退職に至る一連の流れを「人事バリューチェーン」と定義しています。

本来、これらのプロセスは、前の工程で得られた知見やデータが次の工程に受け継がれ、組織全体として人材の価値を高めていく「価値の連鎖」であるべきです。しかし、実務の現場では、労務担当は正確な給与計算やミスのない社会保険手続きの完遂を、採用担当は採用単価や充足率の維持を、研修担当は受講率の向上を、評価担当は期日どおりのシート回収を、といった具合に、各機能が個別のKPIを追い求める「個別最適」に陥っています。このプロセスの断絶こそが、人的資本という「投資」に対するリターンを不透明にし、人材の「定着と成長」を阻む大きな要因となっています。

本章で詳述する「人事バリューチェーン」というフレームワークの目的は、この分断されたプロセスを経営戦略という一本の糸で繋ぎ直し、組織としての付加価値を最大化することにあります。

バリューチェーン診断:プロセスの「断絶」と「ボトルネック」を可視化する

再構築の第一歩は、現状(As-Is)のバリューチェーンにおいて、どこで価値の毀損や情報の漏れが発生しているかを特定する「診断」から始まります。これは第1章で述べた「監査の視点」を具体的な業務フローに適用する作業です。

診断のポイントは、ある工程での意思決定や管理が、後続の工程にどのような影響を及ぼしているかを「因果関係」で捉えることです。例えば、以下のようなプロセスの断絶を可視化していきます。

労務と配置の断絶 勤怠データや健康診断データなどの労務情報が、単なる「管理」に留まっており、適切な人員配置や業務負荷の分散、あるいはメンタルヘルス不調の予兆検知といった戦略的な判断材料として活用されていない。
要件定義と評価の断絶 採用時に定義した「期待される行動特性」が、配属後の評価項目に反映されておらず、入社時の期待値と評価の乖離が生じている。
配置と育成の断絶 個人のキャリア意向やスキルの不足を埋めるための配置が行われているにもかかわらず、提供される研修プログラムがその課題と連動していない。
評価と定着の断絶 高いパフォーマンスを発揮している人材が、いわゆる“金銭的報酬”や、成長機会といった“非金銭的報酬”の面で適切に報われておらず、離職のリスクを見逃している。

このように、バリューチェーン全体を鳥瞰(ちょうかん)することで、「頑張っているのに成果が出ない」原因が特定の部署の怠慢ではなく、プロセス間の情報の断絶という「構造的なボトルネック」にあることが浮き彫りになります。

主観から事実へ:データに基づく再現性の高いプロセスへの再設計

診断によって浮かび上がったボトルネックを解消するためには、各プロセスの判断基準を個人の主観や経験則から、客観的な「データ」に基づくものへと再設計する必要があります。主観に頼った運用は、担当者の交代によって基準が揺らぎ、組織としての再現性を失わせます。これを防ぐために、各工程において以下の「事実」を共通言語として組み込みます。

労務・管理の再設計 単なる「ミスのない事務処理」から、勤怠や残業時間の推移、休暇の取得状況といったデータを、組織のコンディションを測る「先行指標」として位置づけ直し、異常値を検知した際の早期介入プロセスを構築する。
採用・配置の再設計 面接官の「経験値や勘」ではなく、過去の活躍人材が参画した業務やプロジェクトにおける能力評価や業績評価データを照らし合わせたマッチング指標を導入する。
評価の再設計 暗黙の了解による評価を排し、あらかじめ合意された目標達成度と、客観的な行動事実の記録を組み合わせることで、納得感の高い評価プロセスを構築する。
育成の再設計 受講者の感想(アンケート)という主観データだけでなく、研修前後での人事考課データの変化や業績面への貢献度などを具体的な指標で測定し、その後の配置や報酬にフィードバックする。

こうしたデータ駆動型の再設計を行うことで、人事は「なぜその施策が必要なのか」を、経営層や現場、そして社員本人に対して、客観的なファクトを持って説明できるようになります。

「定着と成長」を最大化するためのバリューチェーンの最適化

人事バリューチェーンの再構築は、単なる業務の効率化ではありません。その最終目標は、第2章で描いたグランドデザイン、すなわち「人材の定着と持続的成長」を導くエンジンを創ることです。

労務・管理による「安全・安心な基盤」の上に、一貫した「期待(採用)」と「評価(配置・報酬)」、そして「支援(育成)」が正確なデータで結ばれると、バリューチェーン全体が正の循環を始めます。この一気通貫した従業員体験(EX)こそが、人材のエンゲージメントを高め、長期的な活躍へと導く鍵となります。

人事バリューチェーンは一度作れば終わりではなく、常に市場環境や事業戦略の変化に合わせてチューニングし続けるべきものです。もっとも、こうして描いた「あるべき姿(To-Be)」も、それを支えるデータ基盤と、現場で無理なく回る入力・承認・連携の業務フローが整っていなければ機能しません。なお、評価・育成・報酬といった後工程のデータ品質を左右するのが、日々の目標設定と振り返りの運用です。多くの企業で用いられるMBO(目標管理)を「評価制度の一部」として閉じるのではなく、本人の挑戦・成長の履歴として蓄積し、配置・育成・リテンションの意思決定に接続できる形で設計することが、バリューチェーンを回す上で重要な論点になります。次章では、このTo-Beを日々の実務として機能させるために、誰の意思決定を支える基盤として人事データベースを設計すべきか、またその基盤を支える業務フロー整流化(BPR)をどう考えるべきかを詳述します。

 

→ 第4章:近日公開予定

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