9月となり、各企業とも2022年新卒入社者の内定式の準備が佳境の時期かと思います。
学生にとっては、ご自身が働く企業の一員として改めて襟を正す機会でもあり、企業にとっては、ようやく2022年新卒採用についてある程度の区切りをつけられるタイミングかと思います。
「やれやれ、ようやく2022年新卒採用もこれでひと段落だ…」と。
本来、企業と学生の双方にとって嬉しい「内定通知」ですが、実は企業にとっては、通知前に細心の注意を払う必要があることをご存知でしょうか。
今回は、実際にあるお客様で起きた事例を元に、内定通知における注意点と内定取り消しの正しい理解についてお伝えしたいと思います。
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一度選考不合格となった学生が登録情報を変えて再エントリーし内定承諾に至った。
採用支援システムを利用しており、新規エントリー時は氏名・メールアドレスで重複を弾く仕様になっていた
過去に選考不合格となった応募者が「氏名・メールアドレス」の両方とも入力内容を微妙に変えて再エントリー
採用人数が多く、面接官も複数人で対応しており、エントリー後も同一人物と気付かず「内定出し」「承諾」まで至ってしまった
返送された内定承諾書の受領確認時にフリガナ検索により重複エントリーの可能性が高いことが発覚
エントリーシート内の学歴情報についてGPAと出身高校の記載に差異あり
今回のケースはメールアドレスと漢字氏名の両方を異なる内容で入力しているため、「カナ氏名×大学情報」「カナ氏名×生年月日」いずれか合致で重複チェックをしないと弾けないパターンであった。
では、今回の事例については「内定取消」ができるでしょうか?
考察するにあたり、まず前提として「内定」についての法律的な解釈をご紹介します。
選考を終えて学生に内定を出す際には「内定通知」を発送します。
その後、学生から「承諾書」や「誓約書」の提出を受けるのが一般的な流れです。
では、何をもって「労働契約の成立」とするのかについて考えてみましょう。
前提として「契約」とは「申込」と「承諾」によって成立するものと、民法522条で規定されています。
労働契約においても、この「申込」と「承諾」によって契約成立となります。
このとき、特に書面を必要とせず、口頭でも契約は成立します。
では、採用活動においてどの行為が「申込」「契約」にあたるのか?
内定通知の取消について争われた過去の裁判(大日本印刷事件/最高裁 昭和54年7月20日判決)においては、
求職者が応募することを「申込」(求人募集で示された労働契約への申込)、
企業が求職者に内定を出すことを「承諾」(労働契約の申込に対する承諾)、
という解釈が判例で示されており、同裁判は、以後の類似の裁判においても先例として使われています。
このことから、企業が口頭であっても内定を応募者本人に通知した時点で「両者間の労働契約は成立した」と解すのが一般的になっています。
契約が成立すると、当事者には契約事項を守る法的拘束力が発生します。重い責任が課せられています。
企業が労働契約を遵守せず、内定を取り消すことは、内定をもらった応募者が不利益を被ることになりますから、後述のとおり、法律や厚生労働省の省令などで、内定取消が正当な行為として認められるケースは制限されています。
そのため、労働契約成立の前提となる採用内定の伝達や、労働契約の破棄となる内定取消の検討については自身や自部署の判断だけで容易に行わず、会社の経営に関わる重要な判断として、必要に応じて法務部門など関係各所と相談し、慎重に取り組む必要があります。
応募者に内定を出した後、事業計画に変更が生じた場合や、業績の見通しが厳しくなった場合など「内定を取り消したい」と考えることもあるかと思いますが、「内定取消」はそう簡単に行えるものではありません。
時折ニュースを騒がせているように、法廷で争われることもあります。
先の判例(大日本印刷事件)でも示されましたが、「内定が成立した」というのは、企業と学生が「始期付解約権留保労働契約」という契約を締結したこととされています。この場合、「就労の始期」と「解約権留保」という2つの条件が付帯していますが、「労働契約」という契約が成立しているということがポイントです。「始期付」とは、労働条件として「就労開始日」を設けることで、新卒採用においては、多くの場合「4月1日」が指定されます。
一方「解約権留保付」とは、就労開始日までの期間中、理由次第では契約を解除できるという「解約権」を保持したまま労働契約が成立しているということです。いわゆる内定取り消しとは、この「解約権」を行使して行われることになるわけですが、この「解約権」は無条件に行使できるものではありません。
前述の通り、「内定」は「始期付」であっても「解約権留保付」であっても労働契約が成立していることに変わりはなく、この解約権の行使にあたっては、労働契約法や労働基準法の「解雇」についての規定が準用されます。(※)
ですから、内定取消とは、通常の従業員の解雇と同様に、決して容易にできるものではないということです。
ここまで内定取消の難しさをお伝えしてきました。ここでは、どのような場合に内定取消が認められるかについてお伝えします。前述の通り、内定取消には目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られます。
卒業することを前提に採用したのですから、原則認められると考えられます。
採用内定後に、勤務に耐えられないと予測されるほど著しく健康状態が悪化した場合には、原則認められると考えられます。
その虚偽記載の内容・程度が重大なもので、それによって従業員として不適格であることが明らかなときは、認められる可能性が高いと考えられます。
例えば、過去の犯罪歴が内定後に明らかとなった場合などは、認められる可能性が高いと考えられます。
なお、「不況による企業の経営状態の悪化」を事由にした内定取消については、当然ながら「客観的に合理的な理由」と認められるものではありません。過去の様々な裁判の判例で示された「整理解雇の4要件」を総合的に考慮し、解約権留保の趣旨と目的に照らして、内定取消の行為が「客観的に合理的な理由」と認められるか、妥当性を判断されることになります。
この4要件は内定を出した応募者だけに限った対応ではないため、容易にできることではありません。そのため、「不況による企業の経営状態の悪化」という理由で内定取消を行う場合にも、非常に慎重な判断が必要です。
では、改めて今回の事例ではどうでしょうか?
結論としては、残念ながら合理的な「内定取消」には当たらないと考えるのが妥当です。
理由としては、今回は(ウ)に該当するかどうかで判断することとなりますが、以下の観点から(ウ)には該当しないため、内定取消は難しいと言わざるを得ません。
結果的に、該当学生は特にお咎めなしで入社することとなりました。
今回の事例の場合は、応募者が意図を持って重複エントリーしたことが想像できますが、残念ながら途中で確認できずに、最終的に内定を出した企業側の対応には、少なからず落ち度があったことは否めません。
採用支援システムは一定基準の重複チェック機能が付いているものが多いものの、残念ながらいずれのシステムも決して完全とは言えません。例えば、氏名については漢字をひらがなに変え、メールアドレスはPCアドレスを携帯アドレスに変更するだけでも重複エントリーが可能です。
上記企業では、その後、次年度からの防止策として以下を検討することとなりました。
内定取消要件についてエントリー規約および内定承諾書への追記
最終選考合格判定時に毎回エントリー全件との重複エントリーチェックを実施
弊社からは上記に対して以下ご支援をさせていただきました。
内定取消要件の記載内容についてアドバイザリー
重複エントリーチェックについてRPAを導入しチェック工数を削減
正直、応募者を疑うことは採用担当者としてはあまり心地よいものではないかと思いますし、そこまで発生頻度が高いものではありませんが、万が一の場合を想定し対策を打っておくことは重要です。
特に採用人数が多い企業様になると、学生一人一人について確認するのもあまり現実的ではありません。
もし、こちらのコラムを読まれている方の中で、例えば過去に重複エントリーで問題が発生しそうなご経験がありましたら、まずはお気軽に弊社の担当者にご相談ください。
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